Bサイド.7
 私はこの世界が嫌いだ。
 私は貧乏な家に生まれた。 でも別に出来の悪い子供だったわけじゃない。友達だってたくさんいた。でもみんな、段々と私をバカにして遠ざかるようになった。私はいつも、同じ服しか来てこなかったからだ。平常な暮らしを営める人間は、あまりに生活レベルが下位の人間を人間として扱わない。
 頭だって良かった。私は五歳の時には千個の漢字を覚えていたし、七歳の時には二桁のかけ算もできた。でも学校は初等部までしかいけなかった。世間は頭の良さを学歴の長さによって見当をつけるんだと私は理解した。
 お母さん。私はお母さんが大好きだった。いつも花のような笑顔で私の話を聞いてくれた。でも、働いている時は辛そうだった。私はお母さんの笑顔が好きだった。お母さんは私が他愛もない話をしているといつも笑って聞いてくれた。だから私は必死でしゃべり続けるのだ。お母さんの笑顔製造機。でもお母さんは、ある日突然殺された。ニュースによくあるような通り魔的な強盗殺人。お母さんは包丁で滅多刺しにされ、路地に転がされていた。
 どうして?どうしてこんなことをする人がいるの?分からない。分からない分からない分からない。そんなやつ……死ねばいい!
 その強盗殺人犯、コガ=ヨウシュウは、しばらくして捕まった。懲役年数は悠に生存年数を越え、罰は死刑が下されたが、そいつは死ななかった。
 “免罪符”だ。
 その犯人はそんな大金を持っているような人種ではなく、何故かは分からないが大企業の社長が彼の罪を買ったそうだ。私は許せなかった。お母さんを殺した犯人が生きていることも、それを金で救った大企業の社長も、こんなバカげた法律を認めた世間も。この世界は所詮、力のあるものがルールだ。弱肉強食。過去も未来も永劫に、それは変わらないし、覆せない。その力というものは時代によって形を変える。今の世界で最も大きな力は、金だ。貧乏人の私には、どうやってもその力には抗えない。そんなふざけた世界なんて。
 要らない。
 ぶっ壊してやる。

 「聞きましたか?九条美奈が一般から募ってパーティーをするらしいですよ」
 「おお、聞きましたとも!!僭越ながら私、美奈さんの大ファンなんです。是が非でも参加したいですね!」
 「ほほう。宝城さんクラスが参加するとなると、豪華なパーティーになりますな。なんでも参加資格は業界屈指のやり手であること、とか」
 「ええ、九条美奈はあんな綺麗な見た目ですが、恋愛に関しては奥手らしく、この会で素敵な紳士との出会いを所望しているとか!!願ってもない話ですよ!!」
 テンションの上がっている資産家の片割れは二十台後半ほどの若者で、それなりに見た目もハンサムで女遊びに慣れていそうな雰囲気だった。対する男は静かな雰囲気で、高級なリストランテの中でもハットをかぶっている男。年はもう一人よりは上に見えるが、40代と言われても納得できるような不思議な雰囲気を持っていた。
 「あなたならもしかすると彼女の心を射止められるかもしれませんな」
 「ははは、ありがとうございます。西園寺さんは行かれないのですか?」
 「ええ。その日は別の仕事があるものでね」
 「それは残念。では私は申込みの電話をさせて頂きますよ!ふふふ!」
 「どうぞ、お気を使わずに」
 落ち着いた雰囲気の高級リストランテの中でそんな会話をしている二人の隣に座る一人客。パソコンを前に置き、仕事をする振りをしているが実際にはその会話を注意深く聞き、鞄の中には録音機さえ仕込んであった。
 (あのデータの中には西園寺という名前があった。幹部クラスの名前を調べたが、実際の業務が不透明なのはこいつだけだ)
 西園寺の予定が記載されたカレンダーにアクセスしその場所を回っていたが、そのうち最初の何件かはダミー。会社と共有している情報にさえ嘘を載せるということは、やはりこいつはあの実験の管理者か。
 会食を終え、二人は席を立ち外に出た。
 玄峰はさりげなく店を出て、西園寺を追った。途中紳士服屋により、今まで着ていた服より安物のスーツに着替えて出てきた西園寺は、そのままどこかへ歩いていく。その向かう先は彼が所属する会社ではなく、何故か貧民街の方だった。首を傾げる玄峰を尻目に、西園寺はどんどんと治安の悪い地域へと足を踏み入れていく。そしてホームレスが多く集まる闇市に来ると、そばを歩いている孤児に声をかけ始めた。
 (なにをしているんだ?まさか……)
 西園寺は彼の話に興味を示した子供をそのまま連れて行き、そばの車に乗せる。見た目は胡散臭いが、明らかにこの町にそぐわない金持ちの風貌をした彼に話しかけられれば、何人かはついてくる。そうして西園寺はここの浮浪児を集めているようだ。
 しかしそこに一人の少年が現れ、西園寺を殴り飛ばす。
 「見つけたぞスラム漁りぃぃぃいいい!!」
 大声を上げ、殴り飛ばされ壁に叩きつけられた西園寺の腹をさらに蹴り上げる。後から走ってきた気弱そうな少年に止められなければ、そのまま殺しそうな勢いだった。
 子供?の癖にやたらと腕力が強くないか?今の、殴られて軽く人が飛んでなかったか……?
 「ユースケ、落ち着いて!気持ちは分かるけど、まだ聞かなきゃいけないことがあるんでしょう!?」
 「うぅ……くそっ!!でもこいつに流星団のみんなは殺されたんだぞ!」
 「……や、やぁ。誰かと思えば前にここでスカウトした子じゃないか。ごほっ!!どうやって逃げ出したのかな?全く、政府はほんとに無能しかいないんだから……君みたいな小さな子があそこから出られるなんて、よくがんばったねぇ。しかし、僕に何の用だい?」
 西園寺はさっきまで会食していた青年と対する時の物静かな会話とは全く雰囲気の違う、丁寧だが言葉の端々で相手をバカにしたようなしゃべり方をしていた。さらに逆上する少年は、壁にもたれかかる彼に再度蹴りを入れる。
 「ヨーコはどこだ」
 「ぐっ……ヨーコって言われても分からないな……げほっ。僕はいろんな子を担当してるんでね。君の事だって名前までは憶えちゃいない」
 「ふざけるな!」
 さらに西園寺を痛めつけるユースケと呼ばれた少年。しかし、彼の後ろから、先ほど近づいていた車に乗っていた男が近づく。
 「うん?あれは……ゆっ」
 「ん、どうしたごんどっ……う」
 その存在感の希薄な男は後ろから手刀を浴びせ、一瞬で少年二人を昏倒させた。
 「ぐっ……遅いぞ、助けるのが。何を見ていた」
 「いえ、すいません。あなたがあんな風に痛めつけられているところなんて珍しい景色だと思って、つい」
 「くそっ……君はもっと働き者だと思っていたがな」
 「ちゃんと警護の役は果たしましたよ。それより早く行きましょう。さすがに人目を集めすぎた」
 そこは貧民街とは言え人通りがそれなりに多い道だった。ケンカくらいなら日常茶飯事だが、スーツ姿の彼らは周りから浮いており注目を集めてしまっていた。
 「くぅっ!今日の収穫は散々だ!行くぞ!」
 そうして、西園寺は車に乗り去っていった。

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