Bサイド.3
 ユースケは、働かされていた。
 一日十五時間以上の労働。食事時間以外の休みは当然ない。作業自体は簡単なものが多いが、それでも十分過酷だった。
 “生活苦難者保護法“により、16歳までの経済的に生活が困難なものは将来の支払いと引き換えに政府へ衣食住の提供を要求する権利を有する。その生活苦難者を保護する為に作られた筈のその施設は、実際には貧困層を格安で労働力として消費する為の詭弁が生み出した人権無視の工場。その労働力として、ユースケは貧民街から調達された。
 連れてこられる前につるんでいた貧民街の仲間は、もう全員死んでいる。施設入居者を探すスラム漁りに、ユースケの目の前で焼き殺されたからだ。だがしかし、一人だけまだ生きている筈の仲間がいた。
 メンバーの面倒見役だったヨーコ。
 この施設にヨーコも来ているかと思い探しているが、どうもここにはいないようだった。他にも施設は存在するのか。いったいどこの施設に入れられているのだろう。
 ユースケはスラム漁りに目をつけられたおかげで入所直後から班長にされ、他のものより重要な作業と毎日の点呼確認を任された。しかし仲間を全て失ってショックを受けていたユースケは、仕事など全て放棄した。この施設では、働こうとしないものは罰を受ける。懲罰房で三日間の食事抜きと、看守からの厳しい折檻。腹を思い切り蹴られ、反省したかと聞かれる。何も答えずにいると、さらに蹴られ、反省しなければ殺すと言われる。死にたくない。まだ、ヨーコだって生きているかもしれないのに。反省を口にすると頭を床に激しく打ちつけて土下座させられた。あとで聞いた話だが、実際に反抗を続けて死んだ者もいたそうだ。人間を人間として扱おうとしないその看守達は、しかしそれでも国に雇われた公務員。
 ユースケは、この世界の構造を憎んだ。なぜ、貧乏な生まれだったというだけでこんなにも扱いが違う?あの看守たちは、果たして自分よりも優れた人間なのか?
 ユースケは怒りで自身の精神を支え、その過酷な環境に耐えることにした。
 その施設で扱っていたのは、“源水”と呼ばれる新エネルギー源だ。その水に電気を通すと電力が増幅されるとされ、その特質を使った機械などの為に、それをパッケージングしていく。まだ謎が多い物質らしいが、それに触れると人間は死んでしまうほどの猛毒だということは分かっている。それが故に、その工場で行うのは大変危険な作業。だから別に死んでも問題ない生活苦難者にやらせよう、という魂胆で作られたのだろう。実際に、事故で何人も死んだ少年少女がいたらしい。
 施設にいるのは16歳以下の少年少女に限られる。その多くはユースケと同じ貧民街出身の者たち。ユースケが毎日食糧の奪い合いの為に争っていた相手が集まっており、その中でなぜか特別な扱いを受けているユースケは周りから妬みを買い、敵として見なされた。
 朝の食事時間。食事をもらって席につくと、隣に座っていた少年にパンを奪われる。怒ってそいつに殴り掛かり、パンを奪い返して席に戻ると他のおかずが残らずなくなっていた。隣に座っていたやつが小さく呟く。
 「ざまあみろ」
 そいつがとったのかどうかも分からなかった。ユースケには見覚えのないやつだったが、なにか恨みを買うようなことを過去にしたのか。それから食事の時間の度、ユースケは誰かに盗られる前に急いで腹に詰め込むようにして食べるようになった。しかし、食事時間は食べ終わったら看守に仕事に戻るよう言われる為、一日の貴重な休憩時間がユースケにはほとんどなかった。
 施設では大部屋ごとに班長が決められ、点呼確認やけが人の面倒、また揉め事や喧嘩の時などは班長が収めることになっていた。ある日ユースケの班でも喧嘩が起こった。数人による一方的なリンチ。この施設にいる者達は全て過酷な労働に晒され、日々のストレスは尋常なものではない。そのはけ口として狙われた獲物が暴力を振るわれることはよくあり、班によってはそれが黙認されていたり、班長自らがそういった行為を行っている場合もあった。
 しかしユースケは後ろから思い切り一人に蹴りを入れ、
 「おまえら、貧民街の人間なら弱い者いじめなんてしてんじゃねえよ!ここにいるのは弱い者しかいねえんだからよ!」
 と叫んだ。当然残りの者達と喧嘩になり、多勢に無勢で勝てはしなかったが、それからその少年はリンチされなくなった。
 周りが敵だらけ。そんな環境でユースケがやらされた作業は、源水が垂れ落ちてくる機械からそれを採取し、選り分けていく作業。源水はすこしドロリとした粘着性を持ち、それ自体が淡く青色に光を放つのだが、光らない、紫の液体が落ちてくることもある。それを見分け、できるだけ青色の液体だけを採取すること。落ちてこない時間には、その液体の池となっている水槽から、うまく採取できなかった青色の部分を掬いだす。その際、その水槽に落ちれば死ぬ。源水は貴重な資源らしい。それを扱う作業だけに、その作業をする者はユースケの他に二、三人しかいなかった。
 部屋は基本的に雑魚寝で、ユースケはいつも隅に寝ていたが、ある日先日助けた少年が小声で話しかけてきた。
 「班長。こないだはありがとう。あれで怪我しただろう?」
 「あぁ……別に気にしなくていい」
 「でも、あれから俺はリンチに合わなくなった。感謝してるんだ。この借りをどうにかして返したい」
 「……借りを返す?」
 「あぁ、班長の為ならなんでもやるぜ」
 ユースケは少し考え、そして周りに聞こえないようさらに声を落としてその少年に問いかけた。
 「お前、ここから出たくはないか?」
 少年はその提案に驚きながらも、ユースケに合わせてさらに小声になり、
 「もちろん、出たいね。方法があるのかい?」
 「あるさ。俺は水槽の部屋の作業してるだろ。あの奥に焼却施設があるのは知ってるか?あそこは普段立ち入ることができないが、外に通じている。一度入ったことがあるから分かる。そこから逃げれば、もしかすると外に出られるかもしれない」
 「だけど、ここの施設は高い壁に覆われてて、入口には警備がいるだろ」
 「そこが問題だな。だが、警備は一人だ。武器があって、二人いればなんとかなるだろう」
 「しかし、武器なんてない」
 「あるさ。俺が毎日、掬ってる液体。あれは猛毒らしい。触ることさえ危険と言われているし、十分武器として使えるだろう」
 「なるほど……毒か。いけるかもしれないな」
 「この施設はクソだ。俺はここを出て、世間に訴える。法律上衣食住を要求する権利は認められているんだし、生きて出られれば違うところに行けるはずだ」
 「なるほど、分かった。手伝うよ」
 少年はゴンドーと名乗った。
 脱走行為は懲罰対象。実際、何人か逃げ出そうとしたものが捕まり、どこかに連れて行かれたきり帰ってこない。だが、ここにずっと居続けるくらいなら死んだ方がマシだ。ユースケは彼と手を組んだ。
 そして、まず食事の時に出る牛乳パックを洗ってそこにこっそりと源水を入れ、金曜の夜に計画を実行した。ゴンドーの調べによれば、週末の夜は看守どもが酒を飲んでいることが多く、警備や見回りが手薄だからだ。就寝時間は、深夜零時から朝九時。就寝時間になって小一時間後を狙って行動開始。音を立てないようにゆっくりと進んでいたが、途中の水槽区画でゴンドーは道具にぶつかり、大きな音を立ててしまった。
 「なにやってんだバカ!!」
 ユースケは小声で怒ったが、もう後の祭り。急いで焼却炉への通用口に向かったが、折り悪く見回りに来ていた看守の怒声が響く。
 「誰だ、そこにいるのは!!今は就寝時間だぞ!!」
 ユースケとゴンドーは走って外に向かったが、やはり子供と大人。通用口に着くところで追いつかれ、後ろから警棒で殴られた。
 「くそっ!ゴンドー、あれを使え!」
 ユースケが看守に向かって突進。ゴンドーは殴られて倒れたがその間に態勢を立て直し、源水の入った紙パックを取り出す。ユースケが警棒で殴られ、その勢いで看守との距離を取ったタイミングで、口を少し開けて振り中身を看守に向けて飛ばす。
 見事、顔に命中。
 「なんだ、これ……は……う、ぎゃあああぁぁあぁああぁあ!!!!」
 看守は苦鳴を上げて倒れ、のたうちまわって顔を掻き毟った。目は裏返り、身をよじって痙攣した。看守は断末魔の悲鳴を上げ続け、段々と声が出なくなりそれでも声を出さず喉を震わせ続け……しばらくして、息絶えた。
 ユースケとゴンドーは息をのんで、同時に目を見合わせた。
 「……なんて毒だ……」
 猛毒と聞いてはいたが、これほど即効性のあるものだとは思っていなかった。こんなものを毎日扱っていたと考えると、身の毛がよだつ。
 二人は外に出た。正面に施設を覆う高い壁。唯一の出口である正門へ向かう。正門は壁と同じように高く分厚いがデジタル式であり、入口横にある警備室で操作できる。つまり、ここを突破すれば出られる。最後の関門。
 ゴンドーとアイコンタクト。先にゴンドーが入り、不意をついているうちに源水を浴びせかけ一気に方をつける。そうシミュレーションして中に突っ込むと……そこには、なんと敵は二人いた。しかし、ゴンドーは構わず持っていた紙パックを放射。一人は、顔に命中。しかしもう一人は腕でガードされた。少量しか出ないようにした為、服に当たっても恐らく皮膚には届かない。もう一度源水を放射しようとするが、警備の片割れは銃を取り出し、ゴンドーの足に発砲。
 「ゴンドーっ!!」
 「うあああぁああ!!」
 「あぐっ……ぎゃああぁぁっ……!」
 警備の悲鳴とゴンドーの悲鳴がこだまする中、残った警備の男は驚きながらも源水のかかった部分の服を脱いだ。そして様子を伺っていたユースケの足も打ち抜き、場を制圧。仲間がのたうちまわっているのもあまり気にせず、警備はゴンドーの持っていた牛乳パックをぶんどり、中身を確認。青く光るその色に目を剥き、ユースケ達を睨む。
 「これは源水か?おまえら……これがいくらするか知ってんのか。おまえらみたいなクズどもの命より高い値段で取引されてるんだぞ?さっきも悲鳴みたいな声が聞こえたが、もう一人殺したな?全く……とんだ醜態だ。これじゃあ降下処分は免れねえな。どうしてくれるんだ?あ?」
 その警備の男は、そう言ってユースケを睨みつけた。その眼光は異常に鋭く、戦場、修羅場を何度も経験してきた者の威圧感を放っていた。ただの国の施設の警備が、なぜこんなやつに任されている?やはりこの施設は異常だ。ユースケは首を掴まれ、引き起こされた。
 「全く……この源水は、なかったことにしないとならねえなぁ。おまえに処分してもらうぜ」
 そういってユースケは口を無理やり開けられ、紙パックの中身を注ぎ込まれる。ユースケは目を剥いた。
 体を異常な感覚が駆け巡る。まるで雷に打たれたかのよう。血流が電流となって体を焼き、自身の脳髄を爆裂させ、情報の洪水が世界を覆うような、そんな感覚にユースケは襲われた。恐ろしいまでの疾走感。体は今まで出したことのないような悲鳴を上げている。体中が炎に焼かれるように熱い。感電したように痺れて体の震えは止まらない。足のつま先から頭の先、末端から中枢まで全ての神経が焼き切れそうな感覚。全身が痛みと熱さと痺れで、激しく痙攣する。
 「ははははは!!!しかしすげえなこりゃ!!この青光りする水はどんだけの猛毒なんだ!!」
 警備の男はのたうちまわるユースケを見て嘲笑う。
 しばらくすると、ユースケは動かなくなった。
 「さて、じゃあもう一人。お前も、これを飲んでもらおうか」
 ゴンドーは息をのみ、恐怖で体を動かすだけの気力を搾り出し逃走を試みた。しかし警備の男は銃でさらにもう片方の足を打ち抜き、ゴンドーの首を掴んで引き起こした。
 「飲め」
 男はゴンドーの口を無理やり開く。だが、後ろから物音がした。何かが立ち上がる気配。警備の男が振り向くと、ユースケが立っていた。
 「なっ……おまえ!?」
 ユースケはゴンドーを拘束していた男の腕を掴み、少し力を入れた。それだけで、万力のような重圧が男の腕にかかり、ゴンドーの拘束を解いてしまった。
 「うぅっ!!おまえ、なんだこの力はっ!!」
 ユースケは答えず、男に全身で勢いをつけて肘からのタックル。その凄まじい衝撃で男は警備室の壁にめり込み、気を失った。
 「ゴンドー、大丈夫か」
 「あ、あぁ……いや、おまえこそ大丈夫なのか!?あの水を飲んでなんで生きてる!?しかも今の……」
 「俺も分からない。とにかく、ここを出よう」
 ユースケの目はこころなしか、少しだけ青く光っていた。

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