モラトリアムカウンセラー

 有名なカウンセラーで引きこもりやモラトリアムから抜け出せない人たちを檻から引きずり出す事を仕事にしている人。そういう人種がこの世にはいるそうだ。
 祐一郎は全く行きたくなかったが、母は「絶対あんたも変われるから!」などと新手の新興宗教に捕まってきたような口ぶりで無理やりそこに連れてこられた。

「レディーーーーーースエーンドジェントルメーーーーン!ご機嫌いかがかな?あぁそうか、君が今僕の中で話題沸騰中の祐一郎君か!本日はこのモラトリアムカウンセラー畑中のところまでよくぞお越し下さった。さぁ、まずは質問といこうか。カウンセリングの基本は相手を知ること、理解すること、そして共感することだ。僕を共感させて欲しい。君の好きなものは何かな?最近やっていることは?自分が最も得意な事は。すべからく教えて欲しい!」

 ヤバイ。こいつヤバイ。母を洗脳しただけあって、身振りが大仰、喋り方もはきはきしていい声をしている。マンガに出てくる詐欺師そのものじゃねえか。
 祐一郎はそう思い警戒したが、しかし同時に男のただならぬ雰囲気に興味を持ち、ぼそぼそと話し始めた。

「好きなものとかは……特にないですね……。食べ物の話じゃないですよね?得意なこととかもそんなにないし……。ただ、やっぱりよくやっているのはゲームですね。最近やってるのは式姫絵巻っていうオンラインゲームで……マスにユニットを配置して戦うタイプのゲームで」
「なるほど!!!!それは面白そうだ!!いわゆる戦略シミュレーションというやつか!!私も大好きだよ、あれはまず戦力を把握し状況に応じて駒を動かす力が必要だからな。そこからマネージメント能力が養われる!!」

 畑中は食い気味に自分の意見を言った。さえない風貌でオンラインゲームばかりしている引きこもりの自分の事をこうまで肯定してくれるとは思わなかった祐一郎は少し嬉しかった。

「失礼します」

「あぁ、祐子君。どうもありがとう」

 すごい綺麗な女の人が、お茶を運んできてくれた。

「しかしだ、その式姫絵巻というのは知らないな。どんなゲームなんだい?」
「え?興味あるんですか?超面白いですよ」

 畑中と祐一郎は再びゲームの話に戻り、大いに盛り上がった二人はそれなりに親しい間柄のような雰囲気が生まれていた。祐一郎も悪い人ではないと感じていた。

「いやーいい。素晴らしいよ!!君のゲームに対する思いは良く分かった。さぁ、そこで質問だ。君は引きこもりだそうだが、それはもったいないとは思わないか?」

 ついに来たか。自分を外に出そうとする為の誘導尋問、こいつが最初から目的としていただろう質問。

「まぁ……もったいないですよね。そこは自分でも分かってますよ。よくない状況にあって、とりあえず働かないと、とか。でも俺はこの通り社交性は皆無だし、やっぱり就活って面倒だし」
「面倒?面倒。面倒!それだよ、その考えだよ、今の若者が大体において無職でフラフラとし続ける理由の大多数はそれだ!!面倒など言い訳にしかならないとは自覚しているか?しているならば何故改善しない?面倒など考え方一つだ、結局やりたくない事から逃げているに過ぎない。だから私はカウンセラーとして言わせてもらおう。ふざけるな!!!!!」

怒声が響いた。

「自身が嫌いか?そうだろう。君は本当に情けないぞ。まず格好。さっきまではあえて言わなかったがな、何ヶ月も整えていないようなボサボサの髪!焦げ茶のトレーナーに着すぎて裾が擦り切れたジーパン。全体的に色が暗い。オタクのチェックのシャツの方がまだカラフルだぞ。だが何よりもその心構えだ!!君は“変化”を恐れているんだろう。それはそうだ、誰でも安定を望む。だがそれ故自分の家に引きもって親に迷惑をかけるなど言語道断!まずはできることから始めたらどうだ!バイトでもいい。やりたいことがしたいならゲームのデバッガーという仕事も今の時代にはあるぞ?まずは始めることだ!!」
「しかし……」
「しかしではないよ。がんばってもらわねば困るんだ、正直なところ私がな。だから一ついい条件を交わそうじゃないか。君は彼女はいるか?」
「いませんよ」
「欲しいとは思うだろう?」
「まぁ……そりゃあ」
「そうだろう。どんなに面倒くさがりでも愛の為なら驚く程の頑張りを見せるものだ。だから、君ががんばって……そうだな、定職につけたなら、とびっきり可愛い女の子を紹介しよう」
「ほんとですか?でも……そんなの紹介されても」
「任せておきたまえ。私の紹介、と言えば誰でも食いついてくる。君に春が来るまで助力はするつもりだよ」

 その提案に祐一郎は魅力を感じたようだった。少し前と違った顔つきで出ていった彼を見て、彼の母は畑中に深く頭を下げ、代金を払っていった。



「先生、またその手ですか。本気にして戻ってきたらどうするんですか」

 助手がそう畑中に呟くと、彼は乾いた笑みを浮かべてこう言った。

「ははは、知ったことじゃないよ。私が金をもらって頼まれているのは彼が定職につくように決心させて欲しいってことだけだからね」


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