混沌配給
 俺は、悪魔に憧れている。
 悪魔とはその名の通り悪そのものだ。世の中に溢れた偽善と違い、ただ自身の欲望に従い、その望みを叶えようとするその生き様。正義を嘲笑い、倫理を超越してこの世界に混沌をもたらす。神という存在もいるというが、あれはなにもしない。祈りを行わないものに対してはなにもしないし、俺は毎年正月に真剣に神に祈っている。だが、望みが叶ったことはない。人生は悪くなる一方だ。ふざけた存在だ。
 メールが来た。

 暇ー。どっか遊びに行こうぜー。

 友達の中谷だ。
 だが、俺は。今日から悪魔になろうと決めたんだ!
 今日から俺はソロモン72柱のが一つ。大悪魔ベリアルと名乗ろう…フハハハハハハ!!!!待っていろ人間共!!これから貴様ら蟻が這いずりまわる繁華街を我が力で混沌に貶めてやる!今日という日は特別に、混沌配給日と決まった!!
 ふふ…少し昂りすぎているようだ。風呂にでも入ろう。
 
 都会を蟻のように這いずりまわる人間共め。奴らは何故こうも無駄に群れたがる。俺は一人で特大ソフトクリームを味わい欲望を満たしながら、獲物を決める為に周りをキョロキョロとしていたが…

 「あーもしもし?ごめん待ったー?今?もう駅着いたよー!ちゃんとプレゼントも用意してるから…フフフ、すぐ行くよ。あ、今日は夜すっごいいいとこ予約してるから」

 えらく痛い言葉が聞こえてきた。別に、俺が痛い訳ではない。そいつの会話内容だ。
 いい爆破対象…いや悪魔の鉄槌を下す獲物が見つかった。
 そのチャラついた格好の男の後を追い、男が手を上げ走り始めたその時、俺も猛烈な勢いで男に突撃した。

 「あ、すいません…ちょっと急いでたもので!ほんとすいません!」
 「うわああああ俺のスーツがこれおまえ、アイスまみれじゃねーかああああああ!!!!ちょ、待てこら!!!」

 俺は颯爽と走り去る。後ろを振り返りもせずだ。やった。やってやった。まず一人、都会の屑を混沌に堕とした。彼女も目を丸くしていた。デートは台無し、まずはクリーニングをしてからだ。ざまあみろ。

 もうアイスは残っていない。俺はもう一つ購入した。これが今日の俺の武器だ。再びキョロキョロしていると、クラスメイトの大石さんが目に入った。可愛い。都会に咲く一輪のバラのようだ。妙な錯乱状態に陥っていた俺はもはや止まらなかった。次は彼女が獲物……混沌に堕とし、混乱している彼女を救い誘惑の眼差しを浴びせてやろう……。今日から俺の名はベリアル。そう、人心を惑わす存在だ。

 タイミングを見計らう。彼女はどうやら駅に着いたばかりで、待ち合わせ場所を見つけたようだ。立ち止まって携帯を手にとっている。チャンスだ。俺は突撃準備に入る。一度大きく距離を取り、そして彼女の視界に入っていない当たりから猛然と走り出す。心臓の鼓動が速まる。俺は一体何をしてるんだ?不安が頭をよぎったがもう手遅れだった。俺はもうアイスを前に傾け、それを彼女の方へ向け突き出していた。

 「きゃあっ!!」

 アイスが首元に直撃。俺は走り去る。後ろを振り返ることもせず。

 あれ?なんで?

 彼女を混沌に堕とす事には成功した。だが、計画ではここから彼女を救い、救世主として崇めさせ私に奉仕させる予定ではなかったか?頭が錯乱している。どうしてこうなった。

 「おい!お前なにやってんだ!!」

 大きな声をかけられ、俺はビクっと振り向いた。そこにいたのは、なんと中谷だった。

 「あれ大石さんじゃねえか…お前なにやってんの?メールも返さないし、暇で外出てきたらお前は大石さんに変態な事してるし…多分顔バレてるぞ」

 なん……だと……。

 中谷は大石さんに走りより、タオルを渡していた。はっ!二人でそのまま談笑を始めやがった!!な……なんてことだ……俺の方を見て笑っている……。もう無理だ。中谷が俺の方を見てニヤっとした。もう無理だ!!俺はベリアルとして生きていくしかなくなったようだ!

 猛烈に後悔しながら、俺は一人ラーメン屋へ走り去った。

 そして週明け。学校に着くと、大石さんがいた。あぁ……何が大悪魔だ。混沌配給などしなければよかった。もう彼女に嫌われていること請け合い。だが。彼女は俺の方へ歩いてきてこう言った。

 「昨日はありがとう……私、中谷君と話してみたかったの。楽しい休日だった」

 ……うわああああああ!この世界はどういうことだあああああああああああ! 

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