ワールドコード :3-22
 繁華街の真っ只中であっても、人通りのない道は存在する。
 それはまるで生き物のように、時間によって場所を変えていく。
 往来の賑わう通りの、そのひとつ隣にひっそりと、しかし、確かに存在する。
 そんな道をあえて使う種類の人間なんて限られている。
 街の熟練者か、日陰者。
 塔堂黒江はそんな閑散とした裏通りを鼻歌交じりに歩いていた。
 昼過ぎだというのに薄暗く陰気な雰囲気の通りを、まるで公園を散歩するように歩きながら、黒江は人を探す。
 エアコンの室外機に隠れるようにもたれかかりながら、手元で何かを書き込んでいるホームレスの姿を見つけて黒江は満面の笑みを浮かべて駆け寄る。

 「おーい、KAKKYさーん!」

 急に声をかけられたホームレスは肩を緊張に震わせ、手元のものを懐にしまいこむ。
 ホームレスの警戒態勢など気にすることも無く、黒江は持っていたコンビニ袋をホームレスの目の前に差し出す。

 「はい!差し入れだよ!」

 とっさに身を引いたホームレスだったが、黒江の顔を認めると、深く被っていたフードを取り、爽やかに笑う。

 「なんだ、クロちゃんか。久しぶりだな」
 「だってKAKKYさん。決まったところにいないんだもん。探さないと見つからないじゃん」

 頬を膨らます黒江に軽く笑って、KAKKYと呼ばれた男はコンビニの袋を受け取る。

 「今週の『週“極”』の記事どうだった?」

 言いながら男は遠慮なくコンビニの袋から菓子パンと缶コーヒーを取り出す。

 「いつも通り、凄いよかったよ!KAKKYさんの記事はなんか他とは違うんだよね」
 「はっ、俺のは生きた記事だからな。他の奴らとは別モンよ」

 しゃべりながら、男は凄い勢いで菓子パンを放り込み、コーヒーで流し込む。
 男の名前はKAKKYこと柿元俊樹かきもととしき。ホームレスのごとき生活をしているが、実際は黒江の愛読書『週刊実録“極”道~抗争編~』編集部の記者で、生きた記事のために記事を書くとき以外はこうしてホームレスのふりをし街に潜んでいる。もはや、記事のためにホームレスをやっているのか、ホームレスが記事を書いているのかわからなくなってしまった変わり者だ。

 「かはーっ、で?今日は何の用だい?」

 何でも聞きなよ。と男は自信ありげな笑みを浮かべる。
 黒江は口に指を当て何から聞こうか考える。

 「今週の“特集”を書いたのってKAKKYさん?」
 「おぉ、さすが。よくわかったな。昭和の脱獄王“射概玄十郎”、最近また脱獄したみたいだけどな。なんだ?射概の話か?」
 「そう、射概さんを探してるんだけど、KAKKYさん。射概さんのいる場所知らない?」

 射概の名前が出た瞬間、柿元は気難しげな顔になったが、まるで道を聞くような黒江の無邪気な顔を見て、やれやれと口の端をあげた。

 「知らない。と言いたいところだが、ちょっと寄れ」

 秘密を話すように、近づけと柿元は手で招く。
 何日も風呂に入っていない柿元は、かなりの異臭がしているにも関わらず、黒江は笑顔で顔を近づける。

 「ここだけの話、射概はもう黒澤組の奴らに捕まってる」
 「えぇー!射概さん捕まっちゃったの!?」
 「声がデケェよ!馬鹿っ!」

 柿元は、大声で驚く黒江の頭を思わずはたいて辺りを見渡す。
 人通りが無いことを確認して黒江に顔を近づける。

 「ここだけの話だって言ってんだろうが、誰かに聞かれたらどうすんだ」
 「チャック、チャック」

 柿元に囁き声で怒られて、黒江は口を閉じるジェスチャーを返す。
 柿元は溜息を吐いてから、再度辺りを見回し、口に手を当てて黒江に囁く。

 「ここだけの話、俺が昨日の夜、黒澤組の所有するビルの一つに張り込んでた時だ。黒澤組の車がビルに着いた。で、中から猿轡をかまされた射概が引っ張りだされて、組員の一人が射概の顔に麻袋を被せて中に連れて入っていったのを見たのよ。あれは間違いなく射概だった。連れてったのは若頭付の組員でゴリラみたいな奴だ。名前は確か……」


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